So-net無料ブログ作成
検索選択
大分トリニータ ブログトップ
前の10件 | 次の10件

応援し続けるだけのこと [大分トリニータ]

 チームが不振に陥ると,監督批判やFC批判などが噴出してくる。挙げ句の果てには,自腹で応援しているサポグループやそのリーダーへの嫌がらせまで起きることがある。
プロスポーツである限り勝つことが目的だし,そのために修正すべきところは修正した方がいい。応援の仕方もさらに工夫できることがあれば,きちんと相手に伝わるように面と向って言葉を尽くして提案すればいい。
 
 でも,勝負の世界だから,連勝しつづけることもあれば負けが続くことだってある。それは仕方のないこと。こちらとしては何があってもトリニータを応援するつもりだ。(あまり考えたくはないが)たとえJ2に降格しても,サポーターであることはやめない。とりあえず,その覚悟があればいいのではないかと思っている。

 チームが勝ってるときはスタジアムに行くけど負けると行かなくなる人がたくさんいる。ネット上でも,勝ったときはこの上なく選手や監督を持ち上げるが,負けると悪し様に罵る連中がいる。

 甲府戦の後,この上ないほど悲痛な表情でゴール裏まで来てくれた選手に罵声を浴びせる気にはなれなかった。他の多くのサポーターの方々も同じだったようだ。「どこまでもついていくぞ!」という声が聞こえた。

 トリニータは「大分の誇り」ではあるが,ちっぽけな自分の自己愛の延長にはしたくない。だから,負けたときは選手と一緒に負けの味を噛みしめる。その方が勝てたときの喜びも大きくなるから。


コメント(0) 

「夢」・・・近頃気になる言葉 [大分トリニータ]

「幼い頃からの夢だったから・・・」
誰だって子どもの頃から抱いている夢のひとつや二つはある。
 普段はあえて口にはしないだろうけど。
 遠く実現には遙かに及ばないような夢もあれば,ちょっとのことで手がとどきそうな夢もある。普段はたいてい胸の底にしまっているが,何かの拍子に気を許した相手にポロッともらしてしまうこともあるだろう。

 そして,「どうやったら夢を実現できるか」いろいろと思いを巡らし,努力を傾ける。諸々の現実の制約の中で,どうやって実現させるかという問題であって,夢だから実現するわけでもないし,まして「夢だから」といって他人が協力してくれるとも限らない。「夢だから」と他人に実現の協力を期待するのも筋違いというものだろう。「夢」の種類によっては,その夢に一緒にのってもいいという人も出てくるかもしれないが,だからといって誰もが同じ夢をみるわけでもない。公的な組織に夢の実現の協力を期待するのも筋違いというものだろう。そういう現実の障害の彼岸にあるからこそ「夢」と呼ぶのかもしれない。

 大分FCの社長の言葉「、彼の世界への純粋な夢を叶えてあげたいという苦渋の選択でありました」というのは,あの場ではこうしか言えないだろうと思った。確かに「苦渋の選択」であったに違いない。「純粋な夢」という言葉使いをしているが,その「純粋」という語にはどんな意味が込められているのだろう。
 彼がここまでくるのに誰がどれほどの時間と費用を費やしたとか,そのためにはどれだけの犠牲が払われたかとか,そういう目をとめるべきことを無視して,一切頓着しないという意味ではないかと受け取った。

 「君ねー,何かというと『夢』って言うけど,それってちょっと違うんじゃない?」と周囲のの大人(プロなのだから,彼も大人として扱うべきだとは思うが)が,諫めてやるべきだったと思う。おそらく説得しようとした周囲の大人はいたのだろうけど,それには耳を貸さず,「夢の実現」の方向へと唆すようなメディアや耳ざわりの良い人の声にだけ耳を貸したということなのだろうか。

 どうも最近,その使われ方に違和感を感じる言葉がある。「夢だから」というのも,そのひとつだ。
「夢だから」といえば,あたかもすべてが許されてしまうような,許さないといけないような雰囲気がつくられるのも抵抗を感じる。


コメント(2) 

やはり釈然としない [大分トリニータ]

基本的には「去る者は追わず」であるべきだとは思う。でも,今回の梅崎司の移籍にはどうしても気持が釈然としない。

 朝刊の大分合同新聞の記事には,
「グルノーブルの年間運営費は約14億円(大分は約20億円)。レンタル先から保有権を持つクラブへ支払われるレンタル料は通常、年俸分。今回は5カ月ながら、年俸の半額にも大きく届かないようだ。大分は財政的にも戦力的にも痛手だが、梅崎のモチベーション低下など、大分残留による”リスク”を避けた。」

 また「移籍交渉が難航した背景には、大分とグルノーブルの梅崎に対する評価の違いがある。大分にとってはユース出身でクラブ初の日本代表。グルノーブル側へ、時間をかけ「育成」ではなく「即戦力」としての位置付けを求めた」ともある。

 グルノーブルが司を「時間をかけて育成」しようと本気で思っているというのも信じ難いし,シャムスカのトリニータ以上に大事にうまく育てるとも思えない。

 19歳か20歳の若者が,「欧州」とか「ヨーロッパ」という言葉に憧れて,「とにかく行きさえすれば何とかなるんじゃないか」と思いこむのは無理もないとは思う。実際に稀に「何とかなる」こともあるが,ただ行っただけではどうにもならない場合の方が圧倒的に多い。学生かアマチュアであればそれも「仕方がないか」と思えるのだが,彼は大分トリニータというチームに所属するプロスポーツ選手なのだから,単なる「海外に憧れる青年」であることを許す必要はないと思うのだが。行きたければ,所属チームでそれなりの成績や実績を残してから行くべきだし,そのときは気持ちよく送り出すことができただろうと思う。

 私は大分トリニータのサポーターであり,トリニータのために戦ってくれる選手として梅崎司を応援してきた。梅崎個人のファンではないので,司ファンと思うところが違うのは仕方がないと思う。大分サポとしては,やはり「トリニータを踏み台にして欲しくはなかった」と思う。ユース時代からチームとしても,サポーターとしても梅崎には,「将来のトリニータの主力選手」として期待してきた。チームは物心両面から相当の投資をしてきた結果,現在の梅崎司がある。だから,「司くん,君はまだ十分に大分に貢献してないじゃないか,もう少しチームで活躍してからにすべきだった」とどうしても言いたくなる。昨年のシーズン,チーム事情もあってのことだが,シャムスカ監督は調子が落ちているときも,司を公式戦に使い,「実戦経験」を積ませることによって育成に努めてきた。その分,他の選手の出場機会が減ったわけだし,他の選手が実戦経験を通して伸びる機会を奪ったことになる。チームにとって,この損害は決して小さくはないと思うのだが。

 大分FCとしては,そういうことも含めて梅崎の慰留に努めたのだが,「モチベーションの低下した選手をチームに抱えることのリスク」は,もう私が想像した以上に高まっていたということなのだろう。丹誠込めて育てた選手を手放さざるを得なくなったというわけだ。

 それにしても「グルノーブル」というチームからは,余りヨーロッパの雰囲気もフランスサッカーの香りもしてこないのだが,これは私だけだろか。

 今回の経験は大分だけでなく,他のJリーグのチームも貴重な経験になったことだろう。せっかく才能を発掘し時間をかけて育成した選手を,ハゲタカみたいな相手に「ただ同然」で強奪されるのを防ぐには何をすべきか,これからは考えざるを得ないだろう。


コメント(0) 

司よ,グルノーブルなんて行くな [大分トリニータ]

 私は大分トリニータのサポーターであって,トリニータの梅崎司は応援しているが,最近急速に増え始めている「司ファン」ではない。
 司は,グルノーブルに行ってしまうのだろうか? ユースの頃から応援してきて,まるで親戚の子どものように感じている我々としては,大いに気になる。こらから始まろうとしている「シャムスカの3年」に加わりたくはないのだろうか?
 どっちにしても司本人の言葉を聞くまではわからない。伝聞や憶測で書かれた記事に一喜一憂していてもはじまらない。
 しかし,グルノーブルの田部GMが「覚悟はしていたが、一部ではまるで黒船のような扱い」と言ったと報道されている記事を読んだ。もしこれが事実なら,「何を言ってるの? あんたは黒船より悪質だ」と言いたいところだ。「黒船」に乗っていたのは,「異人」だったが,田部GMは日本人,しかも,Jリーグにも深く関わった人物だと聞く。それなのに,Jリーグ各チームの苦しい台所事情につけ込んで,Jリーグをヨーロッパのチームの「草刈り場」にするつもりか?しかも,「話題づくり」で日本人の観客を動員しようという意図が見え見えではないか。何が「グローバルスタンダード(世界基準)」だ。「グローバルスタンダード」とは実は「アメリカンスタンダード」だったように,今度は何スタンダードだ?
 Jでじっくり育てていけば,将来は「何億円プレーヤー」にもなる可能性を秘めた選手を,わずかな金額の差で釣って,後は使い捨て・・・・なんてことになったら,育成型チームを目指すトリニータとしては,クラブにとっても,サポーターにとって今後も驚異となるだろう。そんなことをしておいて,反感を買わない方がおかしいというものだ。


コメント(0) 

あと一戦 [大分トリニータ]

今年のシーズンもあと一戦。
 開幕戦で敗れた相手に是非一矢報いて欲しい。それにしても,7位のかかっているゲームの応援に行けないのが残念だ。
 この1年でトリニータの選手が代表に度々選ばれるようになった。それはそれで,とても嬉しいことだ。しかし,私が応援するのはあくまでも大分トリニータというチーム。望むのは,このチームが来年1つでも上の順位に上がること,そしてリーグ戦,カップ戦の優勝を狙うチームになること。そして,いつかは,トリニータとして「世界」を相手に戦う日がくることだ。


たまにはこういうこともある [大分トリニータ]

川崎戦の後のシャムスカ監督のコメント,「たまにはこういうこともある。それがサッカーというものだ。」
 なかなか含蓄のある言葉ではありませんか。いったいこの人物の度量はどこまで深いのだろう。選手だけでなく,サポーターも,これを聞いて,こうなにかストンと心に落ちるものを感じられたかもしれない。「じゃあ,気持ちを切り替えて,次はいっちょやってやろうじゃないか」と思えたんじゃないだろうか。

 「生きてればこういうこともある。それが人生ってものだ。セラヴィ」 とも聞き変えました。


nice!(0)  トラックバック(0) 

カードのジョージ? [大分トリニータ]

 今回の千葉戦もカードがでましたね。敵味方合わせて6枚,この数字も最近ではさして多いとは感じなくなってきているのが怖いですね。
 カードだけでなく,とにかく笛が多い。あんなにブチブチとゲームが切られてしまうと,せっかくの試合が面白くなくなってしまう。客観的に見れば,今節の千葉戦は,結果としてどちらが勝ったとしても,なかなかの好ゲーム(になるはず)だったと思う。それが流せば流せそうな場面で笛を吹き,また吹くかと思うと流す・・・・という一貫性のないジャッジのために壊されてしまった。「みんな金払って来てるんだぞ,金返せ!」と言われても仕方が無いだろうと思う。審判もプロとしてやっているんだったら,そこんとこ自覚しないとね。

 まあ,今回は巻に「してやられた」という印象ですね。一番「してやられた」のは,某ジョージ審判でしょうけどね。ネット配信では,微妙なところからリプレイを流すものだから,あたかも深谷が倒したかのように見えるけど(だからマスメディアって怖いと思う),その前から丹念に見れば,巻の方が最初に深谷のユニフォームを引っ張っているのが見えます。PK判定をもらった瞬間に大写しになった巻の「ニヤッ」とした顔がそれを表しているんじゃないかと思います。

 私として一番問題の判定だと思ったのは,82分の高松に対するファール。あればファールなら,敵を背にしてポストプレーできないよ。どういうプレイを理想としてるんですかね,あの審判は。
 
 もうひとつ,52分の坂本の司へのファールはイエローの判定だったけど,その前の46分にも同じような肘打ちがあったんですけど・・・。あれは,ラグビーだったら「ハンドオフ」で反則じゃないけど,サッカーでは一応手は使っていけないことになっているんだよね,坂本君にジョージ君。

 今週号の「サッカーダイジェスト」にJリーグのチェアマンのインタビューがあって,審判問題について「素晴らしい?」コメントをくださっていました。曰く,「Jリーグの選手は倒れすぎる,だからファールが多くなる」と。エッ?それって論理が逆じゃないですか?Jリーグの審判が 「倒れたらファール」にするから,とりあえずファール欲しさに倒れてみようという選手が増えてるんでしょう? 倒れても簡単に笛を吹かないで流してれば,今回のジェフのようにコロコロ倒れるのも無駄になるので,仕方なく倒れずにプレー・オンということになり,もっと流れの中のプレーが増えて面白くなると思いますが。
 まあ,チームとして上位を狙うのであれば,どんな「糞審判」でも(ネット配信でもあのコールははっきりと聞こえましたね)はじき返すくらいの得点をあげなきゃだめだというのはわかります。でも,チームを応援していると同時に,面白いゲームを期待して遠く大分から見に来ている人の身にもなってくださいな。


意義ある一敗 [大分トリニータ]

 昨日の浦和戦,1対0で負けたのは悔しいが,好調のトリニータとはいえ,長いリーグ戦の中では勝つこともあれば,負けることもあるだろう。試合後,思わず「あー,惜しかったなー」とつぶやいたが,それに対して,どこかから「惜しいことなんかあるか,勝たんと意味ねー」という声が飛んできた。勝たせたいという気持ちは私も同じだが,必ずしも意味がないとは思わない。
 要は,負けた試合から何を改善点として学びとるかということだと思う。リーグ戦はシーズンを通しての戦いなのだから,上位チームにしても,勝つ試合もあれば負ける試合もある。より多くの試合に勝つためには,負けた試合からどれくらい得るべきものを得られるかが勝負なのではなかろうか。
 おそらくシャムスカは,昨日の結果から,いくつかの修正点を見つけ出していることだろう。レッズと先発ではじめて当たった選手は,浦和は強いには強いけれど,十分にやれるということを実際の手応えとしてつかんだことだろう。今度対戦したときに勝つために,それまでに何をしなければならないか,チームとして考え,強化することができるだろう。
 以前にシャムスカにとって負け試合は(ビジネスにたとえていうならば)「必要経費」ではないかということを書いたことがある。勝った試合よりも,負けた試合の方が反省点も多いので,どこをどう修正すべきか明確につかむ機会となる。失敗の経験を有効に活かすことができれば,負け試合も無意味ではなくなる。
 我々にとって本当の自信というのは,勝続けたり失敗したりしないことから得られるのではない。むしろ失敗したり,負けたりして,そこで修正すべきところを修正して,やがて同じ失敗をしなくなったり,勝てるようになったりしたときに得られるものだから。

 だから目先の一勝,一敗,確かに大事だし,そこでの喜怒哀楽がサポーターとしての生き甲斐でもあるのだが,それだけに一喜一憂するのではなく,シーズンを通してチームを見ていきたい。また今シーズンだけでなく,次のシーズンも見据えつつチームを見ていけるようになりたいものだ。


開幕初戦を勝利でスタート [大分トリニータ]

 久々の書き込みになってしまった。
ネット上でも,もうすでに皆さんが書き込まれているが,
「見事な勝利」だった。
 中断期間中のシャムスカの調整が見事であったということなのだろう。
 大阪から帰って,ネット中継を見たら,解説は元国見高校助監督のあの山野さんで,章太と大久保を特に注目していた。ほとんど二人の解説だったようだった。
 週日の水曜日で,さすがに大分サポの数も少なかったけど,テレビ画面ではワンフレームで収まるので,ほとんど全員が映っていたんじゃないだろうか?
 
 さて,次はホームでの新潟戦の後,あの駒場での浦和戦。
EAST隊長のお陰で,チケットも入手できたし(感謝!)声の限りに応援しよう。

 それにしても,大阪は食べ物の値段がリーズナブルで,味もいい。
高くてうまいのは当然だが,おそらく大阪の方が,値段相応な味を出してくれる店が多い。おそらく客の要求水準が高いのだろう。庶民の食の文化のレベルでいうと,東京はその点大阪に遠く及んでいない。レトルト食材をアルバイトにマニュアル通りに作らせて出している「有名店」も少なくない。
 東京の,それも多摩ニュータウン地区の食べ物屋に言いたいことは,
(内田康夫の言葉を借りれば)「食い物やはうまいものを出せ,さもなくは店をたため」ということだ。


コパ・リベルタドーレス [大分トリニータ]

 スカパーで連日リベルタドーレス杯を見ている。
試合の内容に関しては,私にはコメントするほどの力はないのだが,「あー,こういう選手がトリニータに欲しい」と思うようなプレーヤーが大勢いる。
 (もっとも,かつてトリニータにいたFW,ロドリゴもリベルタドーレス杯で得点王に輝いた選手だったが,その輝きは,トリニータでは今ひとつだった)
 
 何といっても凄いのが,サポーターの迫力。ロケット花火は雨あられのごとく飛び交うわ,鉄条網のフェンスを破って乱入するわで,まるで「暴動」のような状態。それでいて,警備の警官には女性が多かったり,どうみても人数が暴徒(?)と化したサポータよりはるかに少なかったりして,本気で「鎮圧」しようというような意図が余り感じられない。その変が,さすがサッカーの本場というか,ラテン的というか,なんか「さすがに違うなー」と関心させられる。

 もし,こういう「騒ぎ」が日本でおきたらどうなるか? おそらくこういうアバウトな対応にはならないだろう。試合を見に行って,騒動に巻き込まれて怪我したりするのは災難だし,できれば避けたいけど,そういう騒ぎが全然起きようもないような完璧な警備というのも,何だか怖いような気もする。ましてや,それがサッカー場の外でもそうだったりすれば,ブラジルスタジアムよりさらに怖い。
  


前の10件 | 次の10件 大分トリニータ ブログトップ

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。

×

この広告は1年以上新しい記事の更新がないブログに表示されております。