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大分FCの新社長、いまだ決まらず [大分トリニータ]

溝畑前社長が観光庁長官に抜擢されたとか。
それに関して、某webサイトにリンクされているトリニータ系ブログには、反発の書き込みが散見される。
 それを見ていると、どうも県外での氏に対する評価とはギャップがあるようである。溝畑氏が大分県でやってきた仕事はトリニータの社長だけではなく、氏の仕事全体に対する評価だということもあるだろう。

 溝畑氏の後任の大分FC社長がまだ決まらないらしい。

 不思議でならないのは、あれだけ溝畑批判をしてきた人たちの中から、後任人事に関する提案、提言、あるいは自らの立候補が未だみられないことである。誰か「我こそは」という人が自ら立つなり、誰かを押し立ててくれることを期待していたのだが。

 大分県がJリーグのチームを維持していくことは大変な苦労だろう。その責任を担っていくことは、相当な知恵も勇気も決断力も要することだろう。「ホームタウン構想」というお題目を掲げながら、その本気度がどうも怪しいJリーグ幹部とも五分に渡り合わなければならない。溝畑氏に変わって、そういう責任をになっていける人材が大分にいるのだろうか?是非ともいて欲しいと願わずにはいられない。

 批判をするのは勝手であるし、傾聴に値する批判なら大いに耳を傾けたい。しかし、リスクを負って働いている人間を批判するのに、何の代案も提示しないのであれば、そういう声はあまり耳を傾けるに値しないと思う。「○○ヤメロー。でも、次の社長は誰かが何とかしてくれるだろう」では、次の社長に敢えてなろうとする人は大変だろうと思う。次の人がまた何か失敗すると、代案のない「辞めろ!」コールの嵐にさらされるのだろか?

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降格 、「責任追及」の声に耳を貸せる必要条件 [大分トリニータ]

この数週間、いつかは来ると覚悟はしていたつもりだが、やはりトリニータの降格決定が現実となるとやはり堪える。ゴール裏で涙していた仲間たちをスカパーの画面で見てもらい泣き、その場に共にいられなかったこと申し訳なく思った。
 こjれで「1年でJ1復帰」という明確な目標ができたわけだが、そのまえに天皇杯もあるし、残りのゲームもただの「消化試合」にはしてほしくないし、したくもない。

 でも、現実に降格が決まると、またぞろ「責任追及」の声が喧しくなることだろう。「責任追及」も「批判」もトリニータのためには大切なことだし、必要なことだと思うが、それには条件がある。「では、どうすればいいのか?」という問いに答えられる代案を提示することだ。
 FCの社長や強化部長が交替するということもあってもいいと思う。それでFCの経営やチームの状態が改善されるという見通しがあるのであれば。だから、溝畑社長の退陣を求める人は、彼に代わってトリニータを安心して任せうる人材を担ぎ出すか、自らが名乗り出て欲しい。

 そういう明確な代案もない責任追及や批判にはウンザリだ。

でも、現実には世の中には、他者を批判したり、貶したりはするが、自分からは何の代案も出さないという人が多くなりつつある。最近特に増えているような印象がある。自分からは、何の具体的提案やアイデアを提示せずに、他人の言ったこと、したことにケチをつける。他人が失敗すると、「だから言ったとおりだろう」と得意げになる。

 このオフには、そういう言葉は聞きたくないし、そんな言葉に耳を傾ける気もない。

 自分としては、何をどうすべきかという根本的な提案は残念ながら提示できないので、J2 大分トリニータに対してもこれまでと同じように応援し、関わっていくしかないと思っている。
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代案無き批判にはウンザリ [大分トリニータ]

 菊池選手の加入、スポンサー問題に関していろいろと議論があるようだ。

 「再出発」をしようという選手に対しては、応援したいというのが私の気持だ。まして、そう思っている人が少ない状況であればなおさらで、声援を送っているサポーターも少なからずいるのだという声を彼に届けたいと思っている。もちろん、今の大分のおかれた状況でDF陣を補強する他の選択肢を提示してくれるのであれば、この問題に対する批判にも耳を傾ける値打ちがあるだろうが。

 スポンサー問題についてもしかり、マルハンがスポンサーを降りざるを得ない状況の中、いろいろ問題のある企業を受け入れることは経営陣としても「苦渋の選択」というか苦肉の策であったことだろうと思う。批判が出てくるのも当然といえば当然で、建設的な批判を聞きたいと思う。そして問題点をどんどん掘り下げていけばいいと思う。溝畑氏に代わりうる人物を担ぎ出せるのであれば、「社長辞めろ!」という批判も、それなりに建設的で傾聴したいと思っている。代案、対案を伴わない批判は、ただの非難でしかないので、あまり耳を傾ける気はしない。

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トリニータに今必要なのは真の「サポーター」だけ [大分トリニータ]

 某巨大掲示版とか大分ローカルの某掲示版とかでは、「一般サポーター」と「コアサポ」がどうのこうのという言葉が飛び交っているようだが、そもそもサポーターに「一般」だの「コア」だのという区別が存在し得るべくもない。あるとすれば、「真のサポーター」とそうでない人達の違いくらいだろう。
 残念ながら、千葉に敗戦してしまった。
 今のトリニータに本当に必要なのは、何があろうとこのチームを応援するのだという腰のすわった、軸のぶれることのない「サポーター」であって、「J1にいるから」とか、「トリニータが勝つのを見たいから」という観客ではないだろう。もちろん、観客は多いにこしたことはないのであって、できるだけ多くの人に来てもらいたいし、それがチームにとっても力になると思う。しかし、この先同じサポーターの仲間として一緒に戦う同士として、いったい頼むに足るのは誰なのかという問題である。
 
 チームについて、応援について、それぞれに言いたいことは沢山あるだろう、言いたいことを言い合うことは大切だし必要だと思う、互いに本気でぶつかり合う中で止揚されることもあるはずだ。でも、それは面と向って直接言わないかぎり、その肉声は届くべくもないことだ。匿名性の陰に隠れて何をったとしても、身体と張って顔をさらして頑張っている人の前では何の説得力もない、「ただの雑音」にしか過ぎないとしか言いようがない。
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今が辛抱のしどころ [大分トリニータ]

わがトリニータは、2試合続いて逆転負け。
 選手にとっても、サポーターにとってもショックは大きかったと思う。
ブログや掲示版には憤懣やり方なく、あまり聞きたくもない、読みたくもない言葉がはき出されている。
 でも、こういう苦境は、たいていのチームが通り抜けてきたものだと思う。浦和レッズだって降格を味わったことがあるし、去年は何回もの優勝を誇る磐田が入れ替え戦を戦わなければならなかった。トリニータは、それらのチームに較べれば、ナビスコカップで1回優勝しただけ、常勝軍団を目指してはいるが、決してずば抜けて強いチームでもないし、優位な立場にいるわけでもない。
 この苦しい状況は、おそらく当分は続くかもしれない。そういう中で、サポーターもふるいにかけられていくだろう。余り聞き苦しい言葉は聞きたくないが、今は何を言っていても、あるいは黙っていても、応援し続ける者がサポーターとして残るだろう。一時的な「にわかサポ」はふるい落とされ、そうして残った人だけが一緒に戦っていきたい仲間として残ってくれるだろう。
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パッションと評論 [大分トリニータ]

 ナビスコの大宮戦、スタジアムには行けなかったし、大分以外では放映もされなかったため、映像も見ていない。
 そういうなかでネット上の記述を眺めていると、「面白い」と言えば語弊があるが、いろいろなコメントがなされていて興味深い。
 例えば森島のレッドカードについて、岡田主審の判定に憤懣やる方無く、呪詛に近い言葉を連ねているブログもある。一方で、「あれは当然」という、実に冷静というか客観的なコメントもある。
 サポはチームを応援しているのだから、トリニータに肩入れした見方をしていたとしても、特に何の違和感もない。なにしろこちらも同じ立場なのだから。おそらくこれは「ゴール裏からのまなざし」のなせることなのだろう。メインスタンドで観戦する視線とでは、おのずから「温度差」というか、眼差しの違いが出てきても不思議はない。
 自分としては、客観的な視点から見てどうだったのかという情報も欲しい気持はある。でも、それは報道や、映像を後で自らチェックすれば分かること。それよりも大切なことは、その場に居合わせた、同じトリサポとして、あのゲームの選手達がどのように映ったかということ。
 さらに重要なことは、これらの言葉がトリニータの選手にとってサポート、すなわち後押しとなりうるかということ。ここではいくら評価が冷静で客観的であっても、熱、パッションの感じられない言葉は選手の力となり得るかどうか、そこには疑問を呈したい。
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国立の青空に舞った紙テープ [大分トリニータ]

 東京、国立競技場の空に青と黄色の紙テープが舞った。
とにかく優勝できて、紙テープを投げることができてよかった。

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 この瞬間のために、関東のサポーターTEAM EASTでは3000+α個の紙テープ(最後は数えるのがめんどうになって正確な数は不明)を準備した。ホームのサポや個人で持ってこられたものを加えると、4000個は遙かに超えるテープが投げられたことだろう。

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 とにかく優勝して投げられてよかった。当初は勝てなかった場合、「次」(リーグ戦や天皇杯)に向けてとっておくためにどうやって回収しようかとか、できれば青と黄色で綺麗なストライプができるようにするときれいだろうけど、銘々持ってこられる方々のことを考えると、どのようにして3000個の紙テープを行き渡らせるべく配布するか、いろいろ思案を巡らしていた。カラーボードやフラッグを準備しているホームのサポグループとも事前に打ち合わせて段取りを決めるべく打ち合わせを申し入れたが・・・・、結局箱に入れて訪れた方々に銘々自由に持って行っていただくことになった。

 そして当日、キックオフ前、通路に置いた紙テープを入れた3つの段ボールの前には、呼びかけて応じて集まって下さった多くの方々で黒山の人だかりに・・・。結局手渡しもしながら、3000個余りの紙テープは数分の間に無くなってしまった。

 テープを受け取って下さった方の中には500円、1000円と「カンパ」を申し出て下さる方もおられたが、「その分、思いっきり投げてください」と言って丁重にお断りした。

 そして優勝の瞬間、乱れ飛ぶ青と黄色の紙テープを見て、ストライプではないけど、これはこれで綺麗だと思った。優勝するって本当に素晴らしいと思った。

(この写真は大分から参加して一緒に応援した身内の撮ったものですが)


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大人のルールと常識 [大分トリニータ]

ナビスコ優勝は嬉しい。
 私はJ1昇格時からのサポーターだが、県リーグ、JFL、J2時代を通して応援してきた人たちのことを思うと、今回の優勝はとりわけ嬉しくてたまらない。国立のゴール裏には「まーくん」こと故加藤雅也さんの遺影を掲げた、Kazさんの姿があって胸に迫り来るものがあった。
 このじわじわとこみ上げてくる喜びは、昨日今日サポになった人たちとは質的にも違うものだろう。今日は、とりわけ応援が手薄になるアウェイ・ゴール裏でずっと応援してきた友の顔を思いながらこの文章を書いている。かつて、ウィークデーの秋田か札幌というようなゲームでは、東京から駆けつけた大分出身者二人だけで応援したこともあったという。そういう積み重ねの上に、今回の我がトリニータの初タイトル獲得もあるというのが私の認識である。
 人間とは時間的な存在であり、過去の積み重ねの上に現在がある。人間が人間でいられるのは、過去の記憶を持っているからだといってもよい。歴史を忘れて、「昔で飯が食えるか」などと言う人もいるが、それは愚かというものだろう。
 歴史的な貢献と同時に思うのが、現在の貢献だ。Jリーグはhome and away の方式になっている。今年のトリニータはホームでは驚異的な勝率を積み重ねているが、本当に強いチームになるためには、アウェイでも勝てるチームであることが必須だ。そのためにはアウェイゴール裏を守るサポーターが必要になる。大分から常に同じメンバーが来ることができない現状では、大分から遠い関東などの地方では、その地域に住む大分出身者や大分出身ではない大分サポの応援が必要である。特に週日の鹿島や静岡のゲームにホームから駆けつけるのは至難のことで、これまでも大分からは1人か2人というゲームもあった。先日、アウエイゴールでは余り見かけないお嬢さんが来て、長年アウェイで声援を送ってきた我々が彼女に煽られた。ああいう光景に出合うと情けなくて溜息が出る。
 今回のナビスコ決勝の準備においても関東のサポの中には一週間以上も前から国立競技場の場所を下見し、前日から一番に泊まり込んで場所を確保した人たちがいた。大分から一万余のサポータが駆けつけてくれるということを聞いていたからこそ、そのことに対する敬意を感じていたからこそ、アウェイのサポの責任として当然と思っての行為だと思う。
 繰り返し言うが、Jリーグはhome and awayで成り立っている。ホーム(大分)在住のサポとアウェイ在住のサポは互いの歴史を認め合わなければ、遠い先の未来も見通せないのではないだろうか。




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今こそ原点に戻るべきときかも [大分トリニータ]

 横浜、川崎と連敗してしまった。
アウェイでトリニータを応援してきた者としては悔しくてしかたがないのだが、振り返ってみればこういう思いは、これまでもずっと味わってきたことだ。
 県全体としても120万の人口の大分県が、単独の市としても人口規模だけでも数倍もある都市のチームと同じJリーグで戦えること自体「奇跡的」なことだと思って、アウェイのゴール裏で応援を始めた頃のことを思い出す。
 シャムスカのカリスマ的な統率力があり、これまでの地道な努力の積み上げもあって、大分トリニータは今優勝を争うような位置にあるが、正直いって「これって現実なの・・・?」という気がしてしまい、すこぶる居心地が悪いような思いもしていた。
 一方で、「やっとここまでたどり着いたか」という思いもある。でも、「まだ、ちょっと早いんじゃないの?」という危惧もあった。
 先日の川崎のゴール裏、川崎サポーターの数を見て「ホームであれかよ」と、まるで上から目線で相手サポについて語っている、にわか大分サポの人たちの言いようが後方から聞こえてきた。それを聞いていて、「このチームとサポに我々はずっとやられてきたんだよ。ずっとトリニータは等々力で勝ててないんだよ。おまえらはそういう悔しい思いで足を引きずりながら帰ったことがあるのか?」と心の中でつぶやいた。
 一方で、この時期、今トリニータが優勝争いをする位置にいたり、ナビスコの決勝に出られるという、「夢のような」状況を楽しめるだけ楽しみたいという思いもある。来年以降、こういう状況もあるかもしれないが、もうないかも知れない。中央から見れば辺境の地方のゼロから出発したチームがここまでやれているという今の状況は、やはり「奇跡」であると思う。この「お祭りは」騒げるだけ騒ぎ、楽しめるだけ楽しめばいいのだと思う。
 そして、この「お祭り」が終わった後、冷静に周囲を振り返ればいいのだろう。
そのとき、今回日産スタジアムや等々力競技場に集ってくれた人たちが一人でも多く残ってくれることを祈るばかりだ。
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それが人生なのだよ。千葉サポ・ジュニア君 [大分トリニータ]

16戦して一度も勝てなかった千葉に勝った!
千葉のゴール裏、メイン、バックには思っていたよりたくさんの人が来ていた(それでも6900人弱だったけど)。
おそらく「勝ちゲーム」見たさにやってきたのだろう。

 他の大分サポから聞いた話。蘇我駅前のコンビニの前で小学生が千葉サポのパパに尋ねていたそうな。「ねえ、どうして99%の確率で勝てる相手に3対1で負けたの?」と。この千葉サポジュニア君には言ってあげたい。「それが人生なのだよ」と。それに「君のお父さんはサポーターであって、サポというのはそういうふうに思うし、思いたがるものなのだよ」と。

 今日のアウェイの応援は、ゴール裏ではなく、選手が入場するゲートの脇の狭いエリア。あそこだと応援の声がよく響くし、ピッチに入る選手に直接声をかけることもできる。アウェイサポの方々が熟慮を重ねての決定だったようだ。結果的にはその判断が幸をを奏して、試合が進むにしたがい、ゴール裏の「観客」だった人たちも一人また一人と立ち上がり、応援してくれ、ゲートを挟んでコールすることができた。
  それとは対照的に、後半は千葉の応援の声もだんだん小さくなっていった。「確実に勝てる相手」と思ってフクアリに来た千葉サポには、まったくの「お生憎様」と言っておこう。
 勝利だけでなく、収穫の多いゲームだった。大輔に変わって入った藤田の活躍、後半右サイドに入った梅田の健在ぶりなど、内容的にも大宮戦を十分に戦える手応えが得られたのではないだろうか。
 「こけら落とし」に大分戦を選んだことを、来週、大宮は後悔することだろう。


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